下の世話や介護というとおむつ交換が思い浮かびませんか?
もちろんおむつ交換も大部分を占めます。医療現場、介護現場ではおむつ交換と同等にポピュラーな処置があります。
入院中、療養中、介護施設では、日常生活動作が自立している方以外、毎日入浴することが難しいです。しかし、排せつは毎日あります。
おむつの方や失禁が多い方ですと陰部が汚れやすいです。またバルーンカテーテル(尿道留置カテーテル)が挿入されている患者さんも入浴がままなりません。このため陰部だけ洗浄する「陰部洗浄」が日常的なケアとして行われています。
1.陰部洗浄の必要性
・排泄されてすぐの尿は、酸性であることが多いといわれています。これを放置すると雑菌が繁殖して化学変化が起き、尿はアルカリ性に傾いていくのです。このアルカリ性になった尿は弱酸性の肌に対し刺激が強く、肌トラブルの原因になります。
・下痢便に含まれる消化酵素と腸液のアルカリ刺激による、肛門周囲皮膚のびらん(粘膜のただれ)ができやすくなります。
・オムツをしていると肌はムレた状態となり肌トラブルの原因になりやすいです。
・尿道カテーテルを入れている方には感染防止のために行います。
2.陰部洗浄の手順と実際
陰部洗浄はこうした手順で行います。
陰部洗浄の実際
- 腰から下の部分に大きめのビニールシートを広げ、その上に使い捨ての専用吸収シートやフラットタイプ紙おむつを敷く。
- 湿らせたガーゼや使い捨てタオルに、必要に応じて石けんをつけ、男性は亀頭部、陰茎、陰のうの裏側を洗う。
- 女性は小陰唇から会陰部を洗う。
横向け寝にして、肛門を洗う。肌のしわの中も丁寧に、しわを広げてしわの中までガーゼを使って洗う。洗い終わったら、ガーゼは捨てる。 - (女性の場合は、小陰唇→会陰部→肛門の順に、前から後ろへ向けて洗う)
- 先が細くなったボトルなどに入れたぬるま湯をかけて、石けんを洗い流す。
- 最後に、乾いたタオルで肌の水分を拭き取る。
★陰部洗浄ボトルは100円ショップの調味ボトルで代用できます。
★陰部をタオルで拭くのは抵抗あるかもしれませんが、トイレットペーパーではびしょびしょで対応できません。陰部用のタオルの色を決めて、陰部専用に使用し洗濯されている方が多いです。
処置する立場としては、おむつ交換の延長戦上だったり、尿道カテーテルの交換だったり、と抵抗なく処置をしています。看護師もヘルパーさんもそこは同じだと思います。
ただ自分に置きかえてみたらどうだろう。恥ずかしいしできれば避けたいなあと思うかもしれません。
それでも病院や介護施設で陰部洗浄を拒否した患者さんにはひとりも出会ったことがありませんでした。
訪問看護で強く陰部洗浄を拒否した患者さんのお話
70代のEさんは一人暮らし。
病院も薬も大嫌い。内分泌系疾患でしたが内服はすべて飲まず。点滴も拒否。訪問看護もしぶしぶ受けている状態でした。
病気が進行し、トイレ歩行が難しくなってきましたが、オムツもカッコ悪いと拒否。
しかし、だんだん失禁が目立つようになってきました。
訪問すると尿のにおいが目立つようになりました。
訪問入浴やデイサービスでの入浴も拒否でしたので、皮膚を洗浄する機会がありません。
トイレに入った時に、ウォッシュレットだけはしっかり当ててくださいとお話し、訪問の際には清潔な下着を用意し着替えをしてもらい、替えの下着も用意して帰りました。
訪問看護ステーションではそろそろ陰部洗浄が必要では、というは話も出ましたが、ようやく訪問看護を受け入れているようなEさんが受け入れるわけがない、別の方法でアプローチしていこうという方向性になっていました。
チーム制の訪問看護ステーションだったので、Eさんの家には6人ほどの看護師がローテーションで訪問していました。
ある日、ステーションに戻ったひとりの看護師が「今日Eさんの陰部洗浄をすることに成功した」と話すではありませんか。
「とてもきれいになった」
「やはり洗うと違う」
あのEさんがよく受け入れたなあ。さっぱりしたならよかった。と思っていました。
次の訪問はたまたま私が訪問当番でした。
普段は呼び鈴を押すと、鍵を開けに来てくれます。
Eさんはトイレ歩行もままならないので、部屋の中で杖歩行をしています。当然、鍵を開けてくださるまで大変時間がかかります。しかし、この日は待てど暮らせど、鍵を開けに向かう様子がありません。私はドアに耳をくっつけて中の様子をさぐりました。何の物音もしません
おかしいな・・・倒れているのではないかな??大家さんに鍵を借りにいこうか・・・。
ひとまず最後に呼んでみよう。
ドアを強く叩いて「Eさーん!!Eさーん!!」「看護師のなかまです!!」「大丈夫ですかーー!!」
すると、かすかに気配がしました。あっ、向かってきてくれている!!よかった倒れていなかった!!
ドアを細ーく開けたEさん「ああ。あんたか」
なんとか中に入れてくださいましたが、目を合わせてくれません。
怒っているのかな、と思いました。
もしかして、先日の陰部洗浄では・・・??と直感しました。
私は何事もなかったように、バイタルサインを測定し、いつもの創部処置。不機嫌さにはひとまず触れず、淡々と看護処置をすすめました
着替えを出し、レンジでチンした熱いタオルを差し出し
「せっかく着替えますから、タオルで拭きましょう」
と拒否のない背中や首を中心に拭いていきます。
「陰部はご自身でどうぞ」ともう一度レンジでチンした熱いタオルを差し出しました。
拭きにくかったら、背中みたいにお手伝いしますからねー!とさりげなく伝えました。
するとEさん。
「こないだ、嫌だった」「痛かった」とポツリとお話されました。
「洗うの嫌でしたか」「洗ったときに痛みがあって不快だったんですね」と私。
「もう、2度とやりたくない」
「だからもう断ろうと思って」・・・・・・無言
どうやら陰部洗浄は不本意だったようです。
ああ、だから訪問看護に不信感を持ってしまい鍵をなかなか開けてもらえなかったんだな、と悟りました。
病状が進行しているから、訪問看護は続けて見守っていく必要がある。
そのためにはいつでも助けを求められるような看護師でいないといけない。
医療職が必要と考える援助でも患者さん自身が受け入れたくない処置はある。
誰かに、何かを強要されることなく生活したい。だからこそ訪問看護を選んで在宅で過ごされているんだ。
Eさんの尊厳を守るためにも、医療倫理の原則「自律尊重の原則」を大事にするためにも、ご本人の意思を大事にしたいと強く思いました。そこからはチームで意思統一。
ご本人の同意がとれないケアはしないと今後の方針を確認しました。
医療・介護職は患者さんを思うあまりに「正義」や「正しいケア」を中心に考え「よかれと思って」処置を強引に行ってしまうことも実はあります。援助者目線で突っ走ることなく、患者さんがどうしたいかをその都度考えること、ご本人に率直に聞いてみることの大切さを痛感しました。
その後のEさん、全ての治療や内服を拒否していたので、本当にアッという間に病状が悪化し
それから2か月後、ご兄弟に見守られて旅立ちました。
自分が納得いかないものは絶対に受け入れない、生き方を貫き通しました。
4.まとめ
陰部洗浄が恥ずかしい、嫌だという気持ちは本当によくわかります。
私自身も「絶対にシャワートイレで洗浄する」と陰部洗浄を拒否するかもしれません。
とはいえ陰部はデリケート。かぶれると痛みや痒みで辛いです。蒸しタオルで拭き、シャワートイレと並行、などできる限り清潔に、不快感なく日々過ごしていただきたいとも思います。
個人的には家族に触れる手をきれいにしたいから手浴、リラクゼーションにもなる足浴、髪が汚いの痒いしべとついて嫌だから洗髪をたくさんしてほしいな、と思っています。手浴って意外におざなりにされがちなケアですが、手を洗えない方はぜひ取り入れたいものです。
このような介護でしてほしいことを具体的にエンディングノートに記しておくのもおすすめです。
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