メモ
1.時事通信の記事「心肺停止しても蘇生しないよう事前に意思表示する書面」
埼玉西部消防局が作った、心肺停止しても蘇生しないよう事前に意思表示する書面。
かかりつけ医による指示欄と患者本人の署名欄などで構成している(総務省消防庁の資料から)全国の消防が救命を基本的な任務とする中、一定の条件で蘇生を中止する地域と、原則として蘇生を継続する地域とで対応が分かれている。
担当者は「患者本人の意思は尊重すべきである一方、消防法との折り合いが法律的に示されていない現状では、中止の選択肢を取ることはなかなかできない」と強調。それでも「社会情勢上、今後も蘇生拒否への対応は避けては通れない」と話し、他地域の動向を注視する考えだ。
東京消防庁は、一定の条件がそろえば蘇生を中止する方針で、判断基準を設ける検討を始める。
2.「救急車を呼ぶ」とはどういうことか
これは救命を開始してください、というスイッチを押すことです。救うために急いで車が向かうのが救急車。救命士さんは命を救うために急行します。
そこで、到着したときに「心肺停止しても蘇生しないよう事前に意思表示する書面」を見せられたら・・・。正直、なんで救急車を呼ぶのか?という気持ちになってしまうのも無理はありません。
しかし、こちらの記事のコメント欄を読んでいると、さまざまな誤解があることを実感しました。
主に目にとまったのは下記の3つ。
◇自宅で亡くなった場合、救急車を呼ばないと罪になるのではないか説
◇看取りを自宅ですると決めたら、吐血や骨折などの急病でも救急車を呼んではいけないのか
◇24時間以内に往診してもらっていない場合は、医師は死亡診断書が書けないから結局警察を呼ぶんでしょう説
これらの誤解について、実際に病院や訪問看護や介護施設での看取り経験のある看護師が解説します。
3.自宅で亡くなった場合、救急車を呼ばないと罪になるのか説
まず、救急車ではあきらかに死亡している方を運びません。死亡診断は医師にしか認められていませんが、死斑・死後硬直・瞳孔散大などの条件を満たしている方の場合、現場保存のため救急隊は警察を呼びます。そして、死体の検案や家族への聞き取り調査が行われます。
<警察を呼びたくないから死亡した人でも救急車を呼ぶ、は間違った対処法>なのです。
では、いままで特に往診医に依頼していたこともない状況、つまりかかりつけの病院がない場合に突然死や自宅での事故死をした場合はどうすればいいのでしょうか。
<突然死や事故死は、自分で警察を呼ぶ>というのが正解。救急車を呼ばないと罪になるということはありません。この場合、救急車を呼んだとしても、救急隊が警察を呼ぶので同じ結果をたどります。救急車は遺体搬送車の役割がありません。
ちなみに「看取りも行っています」という介護施設であっても、医師は基本的に常駐していませんので、自宅でなくなった場合と同じ対応です。施設の往診医に連絡をしなければ、警察が介入することになります。
実況見分のための警察官と、遺体検案のための警察医が来るので、死亡時の状況などを話します。
このとき、「遺産は誰が相続するのか」など殺人の可能性を含めた質問もされるようですが、死因判明と事件性がないと判断するためです。くれぐれも、殺人犯扱いされた!と憤慨なさらないでください。
事件性がない場合には、その後「死体検案書」を作成してもらうことができます。これは「死亡診断書」と同じ内容のものです。
医師は「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと 認める場合」には「死亡診断書」を、それ以外の場合には「死体検案書」を交付します。
これさえ出してもらえれば、通常通り、葬儀の準備がはじめられます。
4.看取りを自宅ですると決めたら、吐血や骨折などの急病でも救急車を呼んではいけないのか
そうとはいえません。
救急車はあくまで「助けてほしい命」に利用するもの。前述のニュースの話は「看取りを自宅ですると決めていて、心肺蘇生などの処置はしないでほしいとご本人が望んでいた。」「老衰や闘病中の病気により命を落とすときに救急車をよび、救命はしないでほしい、と依頼する」ケースについての話です。
吐血や骨折などで助けてほしいと思ったときに利用するのは適正利用です。
ただし、現在在宅療養で出来ない処置はありません。まずはかかりつけ医に連絡しましょう。夜間休日などやむを得ない場合の救急依頼が理想的です。
5.24時間以内に往診してもらっていない場合は、医師は死亡診断書が書けないから結局警察を呼ぶんでしょう説
これは医師法第20条を聞きかじったことのある方の見解かと思います。
メモ
死の瞬間に医師がいる、または診察後24時間以内に死亡した場合でないと、警察を呼ぶことになってしまう、と受け取られる文言です。しかし、この医師法第20条にはただし書きがあります。
メモ
1 医師法第20条ただし書は、診療中の患者が診察後24時間以内に当該診療に関連した傷 病で死亡した場合には、改めて診察をすることなく死亡診断書を交付し得ることを認め るものである。このため、医師が死亡の際に立ち会っておらず、生前の診察後24時間を 経過した場合であっても、死亡後改めて診察を行い、生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できる場合には、死亡診断書を交付することができること。
2 診療中の患者が死亡した後、改めて診察し、生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できない場合には、死体の検案を行うこととなる。この場合において、死体に異状があると認められる場合には、警察署へ届け出なければならないこと。
つまり、普段お世話になっているかかりつけ医が死亡後にあらためて診察し、生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定して死亡診断書を書いて貰えるならば警察を呼ぶ必要はありません。
*平成31年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル 厚生労働省より抜粋
6.まとめ
政府は在宅療養の促進をしています。さらに、高齢化社会の昨今、避けて通れないのが自宅での死。しかし、死の話は「縁起でもない」とタブー視され、いざというときにどうしたらいいのかをわからない方がとても多いです。最近、週刊誌にしきりに死の迎え方や手続きについて特集されているのも、困った経験をされた方が数多くいたためではないかと想像できます。
看取りは覚悟された家族でさえも、いざというときにはあわててしまうものです。
あれだけ何かあれば「かかりつけ医に連絡」と言ってあった方でも、苦しむ家族を見るといてもたってもいられず、どうにかしたいと思わず救急車に連絡してしまうこともあるのです。
訪問看護をしていたときに、「母親の様子がおかしい」と緊急コールが入ったことがあります。急ぎ伺うといまにも救急車を呼ぼうとするご家族がいました。患者さんは瞳孔が散大しつつあり、死の直前におこる下顎呼吸が始まっていました。
患者さんは病院がきらい。入院するとすぐに帰りたがる方のため、ご家族が覚悟を持って在宅医療を選択された方でした。緊急時にはかかりつけ医を呼ぶことももちろん説明してあります。聡明なご家族でした。それでもあわててしまったのです。
「病院にこのまま行ったら自宅に帰れる可能性は極めて低い。最期を病院で迎えることになる」
「あらためてお伺いします。患者さんのお気持ちはどこで最期をすごしたいというお考えでしたか」
「ご家族は、患者さんのお気持ちと相違ありませんか」
伝えるとはっとした様子でした。
「ああ、いまが先生のおっしゃっていた最期、なんですね」
「救急車でなく、自分を呼ぶようにと、先生に言われていました」
その1時間後往診医が到着しました。
数時間後、ご家族みなさんに見守られて、ご本人が強く望んだ、住み慣れた寝室で息をひきとりました。在宅医療を受けていたら、連絡はまずかかりつけ医に行ってください。
夜中の場合、連絡がとれなければ翌朝、医院が開院したあとでもいいです。死亡後に診断を行い「死亡診断書」を出してもらえます。
突然死の可能性も考え、連絡方法は必ず確認しておきましょう。
また、高齢の方が憧れるぴんぴんころり。その後警察に介入されることなんて望んでいないことでしょう。そうならないためにはただひとつの方法。
普段往診をしない医師でも、事前に相談しておけば「もしものときは死亡診断書を書くために自宅に行ってもいいよ」という志のある町のお医者さんもいます。「老衰」の場合、長年お付き合いのあるかかりつけの医師がいちばん体調をわかっていますから。