◆年齢を重ね、持病を抱えつつもそれなりに日常生活を過ごしてきた夫婦。しかし、ある日妻が急に倒れて救急搬送。そのまま人工呼吸器につながれ、残された夫が途方に暮れている・・・
◆脳梗塞が原因で認知機能が低下した夫。頼りがいのある夫に金銭管理や町会との付き合い、不動産の管理も全部まかせきりだったのに、会話すらままならない・・・別人みたい・・・
◆認知症の進行で子どもの名前も顔もわからなくなり「おばちゃん」と呼ばれた・・・
これらは「さよならのない別れ」とも言われています。
死別のような確実な喪失ではなく、親密な人は確かに生きている。でもいままでとは大きく変わってしまった状況。ストレスがかかり終わりのない悲しみに向き合っています。しかし他者には共感してもらいづらく「でも命がなくなったわけじゃなくてよかったね」「旦那さんにまかせきりだったから、奥さんは旦那さんの分もがんばらなきゃね」「顔や名前がわからなくても病気で身体が弱っていないだけありがたいね」このように声をかけられてしまうことがあります。
命がある、なし、ではなくこの状況は「喪失体験」です。喪失があいまいで不確実な状況のため臨床心理学の専門用語では「あいまいな喪失ambiguous loss」と呼んでいます。

1.あいまいな喪失とは
2011年3月11日東日本大震災をきっかけに注目されるようになりました。
あいまいな喪失は、2つのタイプがあります。
ひとつは「さよならのない別れ」
例えば急病でそのままICUに入り言葉が交わせない状況になった、震災で家族が行方不明になった等、喪失が認めがたいものではあるけれど、現実的・物理的には、いなくなってしまった、さよならを言う間もなく別れを迎えた状況を言います。
2つめは「別れのないさよなら」例えば認知症や精神疾患の発症など「その人は存在するけれど、自分の知っているその人とは変わってしまった」と感じるケースなど、確かにそこにいるけれど自分の知っているその人とはお別れした状況を指します。
2.喪失体験との違い
あいまいな喪失のケアに長年携わったミネソタ大学・家族ケアの専門家Pauline Boss博士は、この「あいまいな喪失(ambiguous loss)」を「はっきりしないまま残り、解決することも、決着を見ることも不可能な喪失体験」と定義しました。そして「通常の喪失と異なり、あいまいな喪失の中にある人は終わりのない悲しみのために前に進むことができなくなってしまう」と述べています。
病気や事故などでかけがえのない人を失うことは「喪失」体験です。喪失(Loss)も当然悲しみの反応はありますが、自分もそして周囲の人も「喪失している」ことをはっきり理解しています。葬儀や各種手続きなどの社会的な手続きを踏みながら喪失に向き合うことになります。さらに悲しみに直面していることを自他ともに認識していることで、カウンセリングを受けたり、時間の経過を待ったり、周囲もなぐさめの言葉をかけたりと対応していくことになります。
喪失体験も大変つらいものですが、「あいまいな喪失」の場合、その喪失自体があいまいで不確実な状況のため自分も周囲も喪失していると認識しづらいことが大きな違いです。
3.あいまいな喪失に向き合うために必要なこと
Pauline Boss博士は支援者が念頭に置くべき六つの指針を示しています。
(1)意味を見つける
(2)人生をかじ取りする感覚を調整する
(3)アイデンティティーを再構築する
(4)相対する感情を正常なものと見なす
(5)愛着の形を見直す
(6)新しい希望を見つける、です。
円環的なプロセスであり、どこから始めてもかまわないが、どれも欠けないよう支援する必要があるそうです。どんな願っても過去には戻れないので、新たな希望を見つけることはとても大事です。
4.まとめ
以前、奥様の緊急搬送で急に独居の生活になった高齢の方がいました。様々な事情があり、奥様に会えない状況。ヘルパーや訪問看護師が訪問した際、ふとした中で奥様を思い出し涙ぐまれることが多々ありました。
「男の人は弱いとこあるからね・・・」「さびしいのね・・・・」ということではなく、専門職としてきちんと「これはあいまいな喪失の状況なのだ」とチームで認識し、向き合い、支援していく必要性を感じました。
あいまいな喪失に直面した人は、喪失に区切りをつけることが難しく、その悲しみのために前に進めない気持ちを抱えながらも日々、生きていかなくてはなりません。支援する医療・福祉職の専門職は自分の感情や経験ではなく、対象者の状況を正しく理解することが重要です。その方自身で自分なりのペースでプロセスを踏んで前に進めるよう支援していく必要があります。励ましや無理に前向きにさせることは支援者のエゴかもしれません。
また、あいまいな喪失を経験した人が抱えやすい大きな問題として「孤立」があげられます。精神的にも物理的にも孤立しないよう配慮が必要です。悲しみと疲れた心を癒やすのは人とのつながりです。
ただ、専門職や周囲も、あいまいな喪失で答えのない問いに悲嘆する方に、かける言葉や支える手段がわからなくなることもあると思います。ただただ傾聴し、思うままに安心して話せる場になること、気持ちのアップダウンに落ち着いて寄り添うことも必要ではありますが、傷口を広げすぎて対処できなそうであれば心療内科につなぐことも必要です。無力感や不安、抑うつ状態が出やすい状況であることもきちんと本人に説明し、納得した受診につなげることが大事です。
専門職や周囲が支援の考え方や方法を知ることは、当事者にも支援者にとっても双方において、とても大切なことです。
あいまいな喪失のケアに長年携わったミネソタ大学・家族ケアの専門家Pauline Boss博士の著書はこちら